月の衛星との連携で、地球のGPS網の「ドリフト」問題に解決策
地球周回軌道の衛星網は相互に正確な距離を測定できるものの、宇宙における絶対位置を特定できないという根本的な弱点を抱えている。シャンハイ・マイクロサテライト・エンジニアリング・センター(Shanghai Engineering Center for Microsatellites)のシア・リン(Xia Lin)とバオジュン・リン(Baojun Lin)を率いる研究チームが、衛星専門誌『Satellite Navigation』に発表した論文は、この課題に対する新たな解決案を提示している。それは、月周回軌道の衛星をGPS衛星ネットワークに組み込むことだ。
地球だけでは補正できない「軌道ドリフト」の仕組み
GPS装置は全世界の人々の日常生活に欠かせない技術だ。船舶の安全な配送や自動車の経路案内など、様々な場面で活用されている。ただ、このシステムは地上局からの信号に依存しており、停電や自然災害、サイバー攻撃によって地上局がオフラインになると、その間にGPS衛星網全体が「ドリフト」(位置ずれ)を起こし始めるという課題を抱えている。
衛星間通信(Time-Division Multiple Access)によって相対距離をセンチメートル単位の精度で測定することは可能だが、宇宙空間における絶対位置は測定できない。地球の重力が回転軸周辺でほぼ対称的に作用するため、同じ軌道階層にある全衛星は地上の基準位置に対して同時にドリフトしてしまう。この現象は、軌道力学の専門家から「方向性ランク欠損」と呼ばれている。地上局からの補正がなければ、位置誤差は時間とともに蓄積される。地上局が数日から数週間単位でオフラインになると、その誤差は無視できない距離にまで拡大する可能性がある。
月周回軌道から地球衛星網を補正する提案
航空宇宙エンジニアたちは星追跡機器(star trackers)やパルサー計数器(pulsar counters)、軌道予報など複数の対策案を試してきたが、グローバルなGPSシステム運用に必要な精度には到達していない。そこで研究チームが着目したのが月だ。より正確には、月の周回軌道(シスルナー空間)に配置された衛星である。地球周回軌道の衛星に対するドリフトを検出・補正するには、衛星が月の周回軌道上にいることが不可欠だ。
研究チームは楕円型月凍結軌道(Elliptical Lunar Frozen Orbits、ELFO)を選択した。このELFOは、NASAの「LunaNet」計画とヨーロッパ宇宙機関(ESA)の「Moonlight」計画が南極付近の月面ミッションを支援する際に利用予定の軌道経路である。
実証実験では、運用中の北斗衛星システム第3世代(BeiDou-3)の中軌道衛星(MEO)24機の実データと、シミュレーションによる4機のELFO衛星を用いて60日間のテストを実施した。地上局からの補正がなく地球上のリンクだけに頼った場合、システムは2ヶ月間で7.85メートルのドリフトが生じた。軌道予報機能を加えると誤差は0.6メートルに改善された。しかし最良の結果は、地球と月を結ぶ統合ネットワークで達成された。ドリフトは0.35メートルまで縮小したのである。
この補正作用は双方向で機能する。地球周回衛星は月周回衛星に対する位置補正データを提供でき、月周回衛星にとどまらず地球衛星への補正効果も期待できる。シミュレーション上のELFO衛星4機の位置誤差は2.26メートルにとどまった。
月の軌道インフラを正確に配置することは、将来の月面での有人活動において必須の要件である。この仕組みは地球上のGPSドリフト問題を解決するとともに、月面探査に従事する将来の宇宙飛行士たちに必要とされる高精度の位置情報システムを提供することになる。
出典: Universe Today
