量子の謎を解く「宇宙の実験室」—磁場怪物が証明した90年前の理論
ほぼ空のはずの真空が光の進行方向を変えてしまう。この異様な量子現象が、ついに観測で確認された。磁場怪物(マグネター)という宇宙で最も極端な天体を調べた国際研究チームが、ウェルナー・ハイゼンベルクが約90年前に予言した「真空複屈折」(vacuum birefringence)の最初の証拠をつかんだ。
研究を主導したのはジョージ・ワシントン大学物理学大学院生のレイチェル・E・スチュワートで、成果は『Nature』誌に掲載された。調査には宇宙科学技術センター、南アフリカ電波天文台(SARAO)、ロスアラモス国立研究所、NASA マーシャル宇宙飛行センター、宇宙科学技術研究開発センター(CRESST)、NASA ゴダード宇宙飛行センター天体物理学部門、世界中の大学が参加している。
ハイゼンベルクの”幽霊の粒子”が光を曲げる
真空複屈折の原理は奇想天外だ。ハイゼンベルクの理論では、完全な真空であっても無数の「仮想粒子」が刻々と生成と消滅を繰り返している。これらが非常に強い磁場の影響を受けると、光を屈折させる現象が起きるとされていた。
だが地上の加速器や核物理実験では、この効果を検出できなかった。理由は単純明快—地球上で作り出せる磁場では足りなすぎるのだ。スウィンバーン工科大学宇宙天体物理センターのマルクス・ロワー博士は語る。「真空複屈折を検出するには、地上で作られたあらゆる磁場より1億倍以上強い磁場が必要です。幸い、自然はマグネターという完璧な宇宙実験室を用意してくれました」。
マグネターは中性子星の一種で、宇宙に存在する磁場としては最強。その磁場の強さはまさに真空複屈折を観測するために必要とされた条件そのものだ。
電波とX線の「揺らぎ」が指し示す真実
ロワー博士が率いた観測チームは、CSIRO傘下のマリアン(パークス)電波望遠鏡でマグネター1E 1547.0–5408(1E1547)の電波放射を追跡。その後、スウィンバーン大学のングアルグ・ティンデベーク・スーパーコンピュータで分析した。これをNASAの偏光X線撮像探査機(IXPE)とISSに搭載されたNICER X線望遠鏡のデータと組み合わせている。
1E1547が回転する過程で電波の振動方向(偏光状態)を追跡すると、磁場の軸と回転軸がほぼ一致していることが判明した。この配置は真空複屈折を探すのに理想的だ。
観測の結果、マグネターから放出されたX線(IXPEで検出)は驚くほど高い偏光度を示し、その偏光方向は1E1547の磁場に固定されていた。電波と同じ性質だ。これらはいずれも真空複屈折が起きていることの指標と考えられる。
ロワー博士は説明する。「磁場の強さゆえに、ハイゼンベルクの仮想粒子が磁場の方向に並ぶのです」。電波とX線の振動方向の変化を丹念に追うことで、研究チームは1E1547の磁軸と回転軸の配置がこの効果の検出に最適であることを確認した。
今後の観測データと改良されたコンピュータシミュレーションにより、真空複屈折の指標を他の物理現象と区別できるようになれば、ハイゼンベルクが近90年前に始めた探求はついに完結する見通しだ。もし確認されれば、極限環境における量子物理学の理論がいかに機能するかを理解する道が開かれることになる。
出典: Universe Today
