火星の浸食地形は水ではなくドライアイスが犯人――フランスの研究チームが新理論を提唱
火星の表面で観測されている活動的な浸食溝(ガリー)が、水流ではなく二酸化炭素の昇華現象によって形成されているという研究結果が発表された。フランス・パリ・サクレー大学宇宙物理学研究所(Institut d'Astrophysique Spatiale)のアポリーン・ルクレフ(Apolline Leclef)らの研究グループが、arXivのプレプリントで公開した論文で、この可能性を示唆している。
火星で初めて浸食溝が発見された際、科学者たちは驚いた。その驚きは、これらの溝が時間とともに変化していることが判明したときさらに大きくなった。地球の浸食溝との類似性は不気味なほどだったが、地球のすべての溝が水流によって形成されるのに対し、火星は寒冷で大気が薄いため液体の水が表面に存在できない。では何がこれらの変化する溝を形成しているのか、その答えを探る過程で研究チームはドライアイスが流動的な状態に変わる現象に着目した。
水ではなくドライアイスが主犯
この仮説を証明するため、研究チームは長年にわたり火星の環境を観測してきた火星探査機マーズ・エクスプレス(Mars Express)と火星偵察衛星MRO(Mars Reconnaissance Orbiter)のデータに頼った。MRO搭載のコンパクト偵察撮像分光計(CRISM)とマーズ・エクスプレス搭載のオメガ分光計(OMEGA)から得られたデータを分析し、特定の地域であるシシュフィ・カヴィ(Sisyphi Cavi)に焦点を当てた。この場所は火星南極付近の極地氷冠に近い深い極域のくぼみのシステムで、活動的な浸食溝が存在しながらも、火星上で浸食溝が通常形成される緯度よりはるかに南に位置している。
研究チームがまず行ったのは、水流が浸食溝の原因だという説を完全に否定することだった。液体の水は1.5マイクロメートルの特定の分光吸収帯を持つ。この帯は春季の氷融解期間中には完全に消失していた。冬の間、惑星の表面を覆うドライアイスが消え去るこの時期においても、水の痕跡は観測されなかったのだ。確かに塩類と粘土鉱物が検出されたが、これらは水があって初めて形成されるはずなのに、高い台地とクレーター縁のみで見つかり、浸食溝が存在する場所には全く検出されなかった。液体の水は原因ではないことが極めて明白になった。
CO2昇華による「エアホッケー効果」
水が否定されたことで、研究チームの視線は次の候補物質に向かった。地球上では、間欠泉は地表下から噴き出す熱湯と思われているが、火星では異なるメカニズムで動く。キーファー間欠泉メカニズム(Kieffer geyser mechanism)と呼ばれるこの現象では、冬の火星は透明なドライアイスの層で覆われる。春になって日光が増加するにつれ、この透明な氷の下にある暗い土壌が加熱され、下のCO2が昇華する。圧力が十分に蓄積されると氷が破裂し、高速度のCO2ガスジェットが噴出し、暗い砂と土のプルームを伴って噴き出す。これが火星探査機の軌道上カメラが観測した「暗点」の正体だ。確かに間欠泉メカニズムは浸食溝を形成する可能性がある。しかし論文によると、タイミングが合わない。暗点は冬の後期に出現し、春分の周辺でピークを迎える。ところが浸食溝の活動は春の中盤から後期にようやく始まり、間欠泉がすでに大部分が休止している時期だという。
そこで論文の著者らが指摘する第三の理論が、CO2霜流動化(CO2 frost fluidization)と呼ばれるプロセスだ。エアホッケーのゲームを経験したことのある人なら分かるだろう、固体の板(氷のシート)は下から送られる空気のクッションに支えられると浮いて容易に動く。研究チームは、火星上のドライアイスシートでも同様のことが起こると考える。昇華駆動プロセスで生じたガスが潤滑剤として機能し、静止していたドライアイスと土の堆積物が斜面を滑り下り、速い流れになって火星の風景に沖積扇状地を形成し、深い溝を刻むという仕組みだ。その結果は、赤い惑星で今日観測されている浸食溝と全く同じに見える。
もしこの理論が正しければ、地球のような特徴であっても地球のような物理法則を必ずしも必要としないことが証明される。シシュフィ・カヴィで起こっている力学的な浸食は、液体の水が一滴もなく、火星大気の凍結融解サイクルだけに依存している。生命探査の観点からは必ずしも良い知らせではないが、惑星科学者と地質学者にとっては証拠と事実がいかに合致するかを示す興味深い事例となるだろう。
出典: Universe Today
