龍宮の鉱物が示す謎:水による変質の痕跡をめぐる矛盾が解ける
2020年に日本宇宙航空研究開発機構(JAXA)のはやぶさ2が小惑星龍宮から採取した試料は、いまなお科学者たちに謎を投げかけている。試料が地球に帰還してからおよそ6年が経過した現在も、その鉱物学的および化学的な組成の分析は続いており、新しい発見が次々と報告されている。金沢大学地球自然システム学域の奥村麗音らの研究チームが学術誌ネイチャー・コミュニケーションズ・アース・アンド・エンバイロンメント(Nature Communications Earth and Environment)に発表した論文「Pervasive poorly crystalline Mg-rich hydrous silicate material in C-type asteroid matrices」(C型小惑星マトリックスに広がる不完全結晶化したMg富有水珪酸塩物質)が、その解明への突破口となった。
龍宮に潜んでいた二つの顔
小惑星の試料研究では長年、ある矛盾が指摘されてきた。龍宮と同じC型炭素質隕石(carbonaceous chondrites)に属する小惑星は、水との反応によって鉱物や化学組成が変化する「水変質」(aqueous alteration)の跡を示している。地球上では、クレー鉱物が珪酸塩岩から生まれる過程のように、水との接触による変質は一般的な現象だ。ただし龍宮に土壌は存在しないはずである。それなのに、なぜ水変質の証拠が見つかるのか。
さらに厄介なのは、その変質の痕跡が統一されていないという点だ。論文では龍宮のマトリックス(鉱物の集合体)が「一般に蛇紋石と皂石様フィロ珪酸塩の混合物として解釈される」と述べられている。蛇紋石も皂石も地球では、岩が水変質を受けることで生成される物質である。しかし同じマトリックスの中に、それぞれ異なった水変質の条件下で形成された二つの成分が存在していることが予想されていた。小惑星の内部が局所的にそこまで不規則な構造を持つことは、理屈として考えにくい。この疑問は、宇宙化学の分野で長年解けていない謎だった。
新しい鉱物物質M-S-Hが解く、古い謎
研究チームは日本国内の二つの先端施設、SPring-8シンクロトロン放射光施設とフォトン・ファクトリー高エネルギー加速器研究機構の力を借りた。高エネルギーX線を使い龍宮試料の内部構造を詳細に調査した結果、従来予想されていた蛇紋石と皂石の存在を確認した一方で、別の物質の存在も同定された。それが、不完全結晶化したマグネシウム珪酸塩水和物(M-S-H)である。
金沢大学の福士圭介准教授(論文の責任著者)は、このM-S-Hについて「マグネシウムと珪素の比率を広い範囲で収容できることが特に興味深い」と指摘した。その融通性こそが「親小惑星内の既存の化学的差異を消し去ることなく、水と岩の相互作用がどのように進行したかを理解する鍵となるかもしれない」と述べている。通常、同じ水変質の条件下に置かれた物質の組成は安定に保たれるはずだ。だがM-S-Hについては、従来の研究と室内実験により、その振る舞いが一般的な物質とは異なることが示唆されている。この柔軟性によって、龍宮のマトリックスが示す矛盾は、統一された環境下における単一の複雑な変質過程として再解釈できる可能性が浮上した。
出典: Universe Today
