大気圏を利用した軌道投入技術「エアロキャプチャ」、NASA と新興企業Inversionが実現に向け動く
惑星の大気を利用して宇宙機を軌道に投入する「エアロキャプチャ」(aerocapture)という技術がある。燃料をほとんど消費せずに他の惑星や衛星の周回軌道に入るこの方法は、宇宙飛行エンジニアにとって数十年来の夢だ。しかし実現は極めて難しい。制御システム、熱管理、軌道力学を完璧に調整し、追加の推進剤を最小限に抑えながら惑星通過時に減速・軌道投入する必要があるからだ。
その実現に向けた重要な一歩が、NASAがカリフォルニアの新興企業Inversionに発注した契約だ。InversionはかつてスペースX(SpaceX)とABL Spaceで働いていたエンジニアたちが創設し、ワクチンや生物試料、重要な軍事機器といったミッションクリティカルな荷物を隔離地域へ迅速に届ける軌道再突入機の開発を目指している。
急速な開発実績を持つ企業による「Arc」宇宙機
Inversionが開発中の「Arc」という宇宙機は、そうした緊急輸送を実現する再突入機として設計されている。最新の打ち上げシステムに搭載され、低軌道(Low Earth Orbit)に放出されることで、地球表面のほぼあらゆる地点間の短時間輸送を可能にする構想だ。
Arcには三段階の制御システムが備わっている。軌道機動用の従来型化学推進剤、目標軌道への精密位置決めを行う低圧ガス・スラスタ、そして再突入時には大気圏の熱と機械的応力に耐える制御フラップが操舵を担当する。Inversionの最高経営責任者Justin Fiaschettiによれば、Arcは再利用を想定していない。従来型の熱シールドとパラシュートで降下減速する設計のため、再整備の対象にはならないという。
同社は熱管理システムの開発に注力している。Arcが耐えられる熱が大きいほど、顧客となる運送サービスの幅が広がるためだ。そしてこの熱管理技術こそが、エアロキャプチャの実現にも不可欠となる。大気圏通過時の熱制御と機動原理は共通しており、Arcの高い制御性はエアロキャプチャの用途に理想的といえる。
地球でのテストから惑星間ミッションへ
NASAが契約を結んだ背景には、こうしたArcの可能性の認識がある。ただし最初から火星へのエアロキャプチャを試みるのではなく、地球大気での実証から始まる。契約内容は「ミッション設計、空気力学、軌道解析、機体定義」の研究と実証とされている。
Fiaschetti は、この契約が初期段階のNASAプロジェクト特有の十年単位の開発サイクルに陥ることを避け、実証機を可能な限り迅速に打ち上げたいと述べている。ただ具体的なタイムラインは明示されておらず、NASAもこの方針に正式な了承を与えていない段階だ。とはいえInversionは開発スピードで実績がある。同社は創設からわずか四年で、初号機プロトタイプの「Ray」を打ち上げた。
エアロキャプチャの実用性が真に発揮されるのは、火星、金星、そして理想的には土星の衛星タイタンなど、地球以外の世界でだ。月は大気がほぼ存在しないため、この技術の活躍の場にはならない。惑星間ミッションでこの制御可能なエアロキャプチャ技術が使われる日は、おそらく数十年先かもしれない。しかし実現に向けた歩みは、契約という形で今、始まっている。
出典: Universe Today
