複数観測で雑音を打ち消す—JWST、系外月の検出可能性を実証
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が数年前に科学観測を開始して以来、宇宙の謎を次々と解き明かしてきたにもかかわらず、いまだ検出されていない天体がある。系外月(exomoon)—太陽系外の惑星を周回する衛星—である。多くの天文学者は、JWSTの装置に内在するノイズがこうした微小な天体の観測を阻害していると考えていた。だが、コロンビア大学の天文学者デビッド・キッピング氏による新たな研究論文は、その想定が誤っていることを示した。arXivに投稿された同論文から浮かび上がるのは、系外月の検出は技術的に十分可能であり、ただし特定の観測戦略が必須だということだ。
キッピング氏が分析対象に選んだのは、系外惑星LP 890-9 cの観測データである。この惑星は地球から約105光年離れた超低温の赤色矮星を周回し、軌道周期は8.46日と極めて短い。太陽系ではあり得ない距離にありながら、この低温の恒星の居住可能領域に位置する可能性があるとされている。研究チームが利用できたのは、JWST がこの惑星を観測した12回の通過(トランジット)データである。
ノイズを統計的に消す秘訣
従来の系外月検出の試みは、単一のトランジット観測に依存していた。例えば、JWSTが木星型惑星Kepler-167 eを観測した際、小さな衛星の痕跡を求めたものの、「赤色ノイズ」と呼ばれる検出器の緩やかで不規則な変動によって地球サイズ以下の月を検出することは不可能だった。赤色ノイズは、検出器の温度変化、指向角のドリフト、さらには恒星表面の黒点に起因する。
キッピング氏が着眼したのは平均化という手法だ。系外月は物理法則に従うため、惑星の周囲で特定の場所に特定の時刻に存在しなければならない。一方、装置の不具合や黒点から生じるノイズは、複数のトランジット観測ごとに異なる形態で現れる。複数の観測データを組み合わせることで、こうした一時的なノイズを統計的に相殺し、恒星光の真の信号を浮き彫りにできるのだ。実際、LP 890-9 cの12回の観測のうち1回は顕著な赤色ノイズに見舞われたが、クリーンな別の1回のデータと統合するだけで、系外月検出の感度は著しく向上したという。
検出限界の引き上げ、課題は観測時間
今回の分析は、LP 890-9 c周辺に地球半径の0.1倍以上の月が存在しないことを95%の信頼度で確認した。火星衛星フォボス・ダイモス級からイオ、エウロパ、エンケラドゥスクラスの衛星は存在しないということである。これまで太陽系外での系外月探索において最も感度の高い調査となった。
興味深いことに、キッピング氏自身は実質的な成功を期待していなかった。LP 890-9 cは恒星からわずか0.04天文単位の距離を公転しており、これは太陽と水星の距離の10分の1以下である。こうした近距離では恒星の潮汐力が圧倒的に強く、数十億年の歳月の中で衛星は剥ぎ取られて宇宙空間へ散逸するか、恒星に引き寄せられて環へと変わるかのいずれかの運命にある。LP 890-9 c周辺に月が存在できる環境は、本来成立しない。
ではなぜこの特定の惑星を選んだのか。論文の本来の目的は、概念実証(proof of concept)だったからである。JWSTが系外月の検出を阻む絶対的なノイズ床を持たないこと、複数のトランジット観測を組み合わせれば地球サイズの衛星の発見が原理的に可能であることを実証することが、研究の狙いだった。
実現の障壁は、JWST の観測時間という有限の資源である。この望遠鏡は宇宙初期の観測から太陽系内の小天体追跡まで、幅広い目的で利用され、観測枠は極めて限定的だ。それでも、初めての系外月を発見しようとすれば、現在の戦略は実行可能性を備えているとキッピング氏の研究は示唆している。必要なのは、さらなる観測時間の確保である。
出典: Universe Today
