パイロットにして宇宙飛行士として、数々の障壁を打破してきたウォーリー・ファンク氏が7月10日、87歳で逝去した。彼女は女性宇宙飛行士の先駆者として知られ、1960年代の「マーキュリー13」プログラムに参加した13人の女性パイロットの一人だった。ファンク氏の死は、宇宙開発史において重要な時代の終焉を象徴している。

宇宙飛行の夢を実現するまでの道のり

ウォーリー・ファンク氏は1939年生まれ。パイロットとしてのキャリアを積み、1960年代にはNASAが秘密裏に実施していた女性宇宙飛行士養成プログラムに選抜された。マーキュリー13は公式な宇宙計画ではなく、当時NASA(アメリカ航空宇宙局)は男性パイロットのみを宇宙飛行士として認めていた。ファンク氏を含む女性たちは、医学的検査や飛行訓練に合格したにもかかわらず、性別を理由に宇宙へ送られることはなかった。この不当な扱いに直面しながらも、彼女は航空業界で活躍を続け、商用パイロットや飛行教官として多くの経験を重ねていった。

後年の宇宙への到達

ファンク氏が遂に宇宙空間に到達したのは、2021年のことだった。テキサス州のBlue Origin(ブルー・オリジン)が運用する宇宙船「ニュー・シェパード」に搭乗し、82歳での宇宙飛行を実現した。数十年遅れでの夢の達成となったこの経験について、ファンク氏は「少女時代からの念願がかなった」とコメントしていた。彼女の宇宙飛行は、女性パイロットたちへの歴史的な差別が続いた後に、民間宇宙企業の台頭が新たな可能性をもたらしたことを示す象徴的な出来事となった。その人生全体を通じて、ファンク氏は多くの女性宇宙飛行士たちの道を切り開いた先駆者として記憶されるだろう。

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